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2007年十大ニュース

2007年十大ニュース

2007年が終わるに当たって「私的十大ニュース」をまとめておこう。
1・結婚
 元日に入籍し、5月に福岡で結婚式を挙げた。今年前半のエネルギーの大半は結婚式の準備に費やした。満足いく結婚式であった。

2・長男誕生
 10月17日に長男誕生。生まれて直後に手術などをしなくてはいけなかったりと大変ではあったが、手がかかるほどかわいい。

3・ダイエット10kg減成功
 結婚式に向けて、朝出勤前にプールで3km泳ぐ生活を続け、10kgやせた!今は少しリバウンド(>_<)... 年始から近くのプール入会→体重↓予定。

4・通訳ガイド試験(英語)合格、TOEIC自己ベスト更新
 
社内留学応募に必要なためTOEICもしこしこ受けた。満足行く結果を残せた。

5・初期臨床研修終了、公僕生活へ
 
病院の世界から、世間の話題の渦中にある役所へ。

6・快適プール生活の再発見
 
無心に泳ぐのは精神的にも肉体的にも本当に良いと実感した一年。

7・はじめてのハワイ旅行
 
リゾートは馬鹿にしていたが、夏休みには素直に楽しめた。

8・二度の引越
 4月福岡→東京 12月東京→福岡 あいかわらず引越の多い人生。22歳から平均14ヶ月くらいで引っ越ししている(>_<)...

9.義妹、就職先決定
 
進学、就職、結婚、出産などなど大きなイベントを一つ乗り越えて、お疲れ様。

10に足りないがここで打ち止め。

みなさん、よいお年をお迎えください。
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村上春樹と走ること

『走ることについて語るときに僕の語ること』は、ジャガイモの皮剥きにちょっとだけ似ている~天才小説家・村上春樹が走り続ける理由 (超ビジネス書レビュー):NBonline(日経ビジネス オンライン)

村上春樹はマラソンを続けていることは有名だけど以下の部分は面白かった。

「小説家にとって重要な資質は何か?」の質問に、文学的な才能があることを前提にして、〈迷うことなく集中力〉〈持続力〉だと答えている。

 一日、三時間から四時間、机に向かい、小説のことだけに意識を集中させる。〈ほかには何も考えない。ほかには何も見ない〉。長編小説であれば、それを、半年、一年、二年と継続させる。ますますマラソンの練習みたいだ。

 やっぱりどんな職業でも地道に真摯に仕事に取組続けることが大事なんだろうなぁ。がんばろう。最近、街で鯛焼きを売っているのを見かけると吸い寄せられそうになる。新年から泳ぎはじめる予定。

行政の失敗

週末は懐かしい人々に会うために佐久に伺う予定だったが、残念ながら諸事情により急遽中止。来年に期待。
 近頃、どこに行っても我が社の代表のような意見を求められる。親族の集まりであってさえも。12月17日(月) 、NHKスペシャル 「年金記録は取りもどせるか ~社会保険事務所からの報告~」がやっていた。絶望的な組織的怠慢。長年にわたる大きな問題で責任の所在がはっきりしないが、本当に根深い問題だと実感。
 ただ、タミフル問題肝炎問題薬害HIV問題など、たまにある誤解に基づく議論にはついていけないこともある。個人の性癖、習慣、教育による思いこみはなかなか修正しがたく、誠実に誤解を解こうとすると険悪な空気が流れる。そんなめんどくささを避けることもしばしば。また、言葉の定義が曖昧で話者によって微妙に違うなことによる誤解、言葉が思考に及ぼす影響から生じる偏見。テレビの影響力のある評論家たちの無責任な発言によって影響された根拠のない批判。やはり、こうした問題を昔から指摘しているフランシス・ベーコンはすごいんやなぁと思う。今週末の連休は子どもの見舞い、ソファの購入、年賀状書きなどで過ごす予定。

鹿児島

仕事で鹿児島出張。息子の見舞いのあと福岡からリレーつばめ新幹線「つばめ」で直行し、23時過ぎにこちらに到着。金曜は仕事のあと、職場の忘年会のため直帰。金曜朝から、息子のBroviacカテ挿入術がある。うまくいくことを祈って、寝ます。

引っ越し

昨日、新居に引っ越した。育った東京を離れてからここ10年ほどは近距離、遠距離の違いはあれど平均して1、2年で引っ越ししている感じである。引っ越しのたびに毎回思うが、遊牧民型移動人生を送ろうとすると、荷物を減らさねばならない。私の場合、重量ベースでは荷物の大部分が本で占められる。毎回本の多さにうんざりするが、やっぱり捨てられないんだよなぁ。昨晩は妻に不平を言われながらも本の整理をおもむろに開始し、はじめは黙々作業していた。しかし、途中懐かしい本や自分の人生に大きく影響を与えた本と不意に再会し、懐かしい旧友と立ち話でも始めるような感覚で読書に没頭したりするので、なかなか作業は進まないのだった。それにしても、本に囲まれる居住空間っていいね。子どもにもこういった嗜好は相続したいな。先日拝見した「情熱大陸」の編集者・見城徹が紹介されている回でも本で囲まれているシーンに最も強く憧れを感じた。

追伸.見城氏の下記の本も読んでみたい。
編集者という病い編集者という病い
(2007/02)
見城 徹

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小松先生からの批判

 寒さが強まってきた。福岡も冬が深まり、いつも通る公園の落葉樹もほとんどが裸となって、季節感を増している。こちらに来て二週目に入り徐々に生活にも仕事にも慣れてきた。今まで仮住まいであったが12日新居へ引っ越す。

【対談】つくる,育てる,後期研修(医学界新聞)


 この記事で対談しているH先生は学生時代よりその総合的な優秀さが他大学まで伝わるほど有名な方であった。先日、仕事でS国際病院のF院長に面会した際にH先生の話題が出た。F先生の口ぶりは最上級の褒めようであった。

 「学生時代から全人的医療だとかプライマリケアとだとかを熱心にやっている人はどちらかというとエキセントリックな人が多く、医学の勉強は中途半端にしかやっていない人が少なくない。しかし、彼は違う。人格も素晴らしく、医学知識もずば抜けている。彼のような人は珍しい。将来は渡米するなど武者修行をして日本の医学界を背負っていってくれるものと私は期待している。」

 エキセントリックな学生であった私は反省を促された気がした。やはり医師としても行政官としても王道はおさえた上での個性の主張でないとその主張は説得力を持ちにくい。しっかりと勉強していかないといけない。H氏の対談記事を読んでそんなことを考えていると、勉強の必要を実感する下記のような記事も目に入った。

 厚労省の「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」について、12/11日付で虎ノ門病院の小松先生が下記のようにアピールを出されていた。特に下記の部分は当該部局に所属する技官の一人として喉の奥に引っかかった魚の骨のように「志」を衝く文章であったため特に引用させていただく。

臨時 vol 61「日本医師会の法リテラシー」2007年12月11日発行
虎の門病院泌尿器科小松秀樹


(前略)

 日本では20世紀初頭よりハンセン病患者の生涯隔離政策が実施されてきた。しかし、ヒトからヒトへの感染の可能性が極めて低いことが明らかになったこと、治癒可能な病気であることがはっきりしてきたことから、1950年代後半には医学的正当性を失っていた。1958年に東京で開かれた第7回国際らい学会で、強制隔離政策を全面的に破棄することが提案された。にもかかわらず、隔離政策は、1996年に至るまで、大衆の差別感情と制度の惰性のために継続された。

 90年に及ぶ日本のハンセン病隔離政策の歴史で、何人かの医師は身を挺してこの政策に異議を唱えた。いくつかの大学では、患者を隔離施設に送らず、外来で診療していた。これらの医師は、科学と、良心に基づいて行動した。公務員は政治と現行法に従わねばならず、このような国家的不祥事に抵抗することが難しい。この故に、医療における正しさを国が決めることは危うい。

 第二次試案は厚労省医政局の一部の医系技官が推進している。多くの医系技官は、医師としてのキャリアがないに等しい医療現場を知らないし、医療そのものを知らない。一方で法律知識も聞きかじりの生半可なものである。彼らからは、国家や法制度の歴史と成り立ちについての深い洞察が感じられない。筆者は、第二次試案をめぐる騒動を一部の医系技官による社会思想史的不祥事と認識する。厚労省全体として、彼らの行動を是認しているのであろうか。一部の医系技官が、無茶な制度を作ろうしていることを、厚労省に所属する法学部出身者は、どのように考えているのであろうか。

(修飾は引用者、後略)

 医系技官に対しての痛烈な批判。しかし、医療の政策立案や企画などの重み、責任を考えると、当事者たる行政官は常に広い意味の勉強をし続けることが義務だろう。それのみがこういった批判を跳ね返す原動力となると思う。勉強しよう。

ホームレス中学生

ホームレス中学生ホームレス中学生
(2007/08/31)
麒麟・田村裕

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 「M-1」などでお笑いコンビの麒麟を知った。ネタに使われている田村の貧乏エピソードには興味があった。その田村が書いたという話題の本が妻の実家にあったため拝読。「ベストセラー本」、「芸人本」という偏見をたっぷり持って読み始めたが、爽快な読後感が残った。

 そもそも、貧乏話ながらも暗さがない。他者への素直な信頼と本人の明るさが根を張ってあるところがそういう読後感をもたらしているのだろう。彼の経験をなぞると、我が家でもかって家の電話(昔の黒電話)が鳴り続けた時期があり、いろいろ思い出すことがある。今でも団地などを遠目に見ると、壁の向こう側にある無数の家庭の中で今も修羅場が展開されているかもなぁと感じる。こんな豊かに見える現代日本でも貧困は隠蔽されつつも確実に存在している。自分自身がいつ病気になり、転落するかわからないという思いもある。そんな思いの中、この本の明るさには救われる思いがする。

 電車の中で誰かが年寄りに席を譲るなどの小さな事を見ても少しは気持ちよくなるのは福祉の原点じゃないか。せちがらい世の中で田村少年を助けた周囲の大人の態度や行動は私の心を温めるのに充分だった。これこそ、社会福祉の原点である他者への優しさではないのか。

P71
追い出されるのかと思ったら、最高の形で送り出してくれた。
もはや神の領域の優しさ。地獄に仏、九死に一生を得る、盆と正月が一緒にきた、なんと表現したらいいのかわからないほどの喜び。


 田村少年がホームレス生活をした後、そんな生活から抜け出すのを助けてくれた友人とその家族。お世話になっていたその川井さんのおばちゃんが田村兄弟が一緒に生活していけるように世話をした場面でこの言葉は書かれている。人間への信頼感が気持ち良い。

P137
 まだまだ親のもとで甘えていてもおかしくない歳頃なのに、親の代わりを務めてくれたお姉ちゃんがいなければ、僕はもっと常識の無い大人に育って、どの社会に入っても誰にも相手にされないような人間になっていたかもしれない。

 田村家の兄姉との三人の生活の中で田村少年は兄や姉が親代わりに厳しく接してくれたことに深く感謝する。私も33歳になって、周りを眺めると、甘やかされて、自律を覚えなかった大人ほど悲惨な存在はないと痛感する。そういう常識を身につける機会のなかった人は、まさに、「どの社会に入っても誰にも相手にされな」くなる。三田佳子の次男はその例であり、あそこまでいくと、かわいそうとさえ思ってしまう。親や兄弟が厳しく育てなければ、誰が修正できるだろうか。大人になってはなかなか修正がきかないし、友人でさえ、厳しいことは言いづらい。

P145
(略)
そこでゴールに到達するために必要になってくるのは、自分を一切甘やかさない断固たる決意。僕たち三人は少しの満腹感を得るために、断固たる決意を持って自分と闘った。
(中略)
真剣にお米のことを信じて噛み続けた者だけが到達できる、瞬間の味のきらめき。
これを田村家では「味の向こう側」と呼んだ。
それ以来、みんなお米を噛みまくって「味の向こう側」を目指した。

 なんか「ウェブ進化論」の「こちら側」、「あちら側」という表現を彷彿とさせますな。ここまでストイックさが到達すると「せこい」をこえて圧倒されてしまう。M-1(2007)で麒麟が決勝まで行けなかったそうだが、残念である。田村少年ガンバレ!麒麟ガンバレ!

「門閥制度は親のかたきでござる」

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 長男に面会するために病院へ向かう夕方、駅から公園を通り抜けて県庁方面へ向かうと県庁職員が続々と帰宅の途についていた。こんな時間に帰ってきちんと家で夕食を食べるんだろうなぁと思うと、やはり医療や霞ヶ関の労働者は「貧しい」生活ではないかと思う。

▼天下り官僚、新天地は外資?投資ファンドがラブコール

 優秀だった高校時代の同期Sはお父様がT大工学部教授。T大法学部に現役で行って在学中に司法試験合格した後、赤坂にある大手渉外法律事務所に勤務し、話題になった東京都外形標準課税条例に関する違憲無効確認請求訴訟などをてがけた。その後、米国のロースクールに留学し、米国弁護士資格を取得。現地の事務所に数年勤務した。先日同級生に間接的に聞いたところによると、現在はこの記事に出てくる外資系投資ファンドの一つに勤務しているとのことである。素人では想像もつかない「でかい」仕事をしているらしい。33歳の若さで年収は億を超す日も近いとの噂だ。片や高校の同級生で同じように優秀だったOやYは財務省や厚労省などに勤務し、課長補佐クラスの公僕として満員電車と際限のない超過勤務に耐えながらねずみ色の国家公務員生活をしている。そんな公務員制度を改革しようと躍起になる渡辺喜美氏らはまぎれもない世襲議員である。

 国家財政が破綻の危機にあるときである。来るべき少子高齢化社会に備えるためにも天下りなどの悪弊を是正し、この国の不明瞭な税金の無駄遣いにメスを入れ、効率のよい統治システムとすべきであろう。しかし、悲しいかな、この国には政治家が提言すべき政治や行政のグランドデザインがない。能力主義でなく、世襲主義という門閥制度が幅を利かせているのが政治家の世界なのだから。そんな状況で哲人政治が実現される可能性は低い。「天下り廃止」などの枝葉が目的化してはいけない。今や優秀な若者は直接外資系に就職し、若い優秀な官僚も外資系に転職し、幹部クラスの官僚も外資系に天下り?(とは呼べないよね)という亡国的状況なのだ。果たして残るのは世襲議員が腐らせた日本という国家の亡骸ではないか。

▼「門閥制度は親のかたきでござる」

 明治の日本がなぜ浮揚したのか。それは門閥主義から能力主義への遷移があったのは明らかだ。今は、愚かなことに日本の近代化の基礎にあった能力主義が門閥主義へと変わっていく過渡期のようにも見えてしまう。そんな閉塞感に包まれている。果たして、こんな世襲がまかり通る日本はこれから中国やインドなどと伍していけるのだろうか。そういう意味でやはり福沢諭吉は偉大である。身分に関係なく勤勉によって栄達の道が開かれている「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと言へり」と誇れる社会にすることが日本がもう一度目指すべき方向性なのではないか。そのためには、ほとんどの世襲議員は今すぐ「アベ」してやめた方がよいと思っているのは私だけではなかろう。
Tokyo/Japan
Profile

Kitty

Author:Kitty
born in 1974
Medical Officer (MD)
Working for Japan

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